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第一回G氏賞選評 その2 

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7、

『蝶と化す』 抹茶金魚

鉄柵を滅するごとく葛咲けよ

梟の鳴いて従僕の悦び

脊椎は鎧の起こり冬薔薇

もう他のものにはなれず蝶と化す

ゆまりする夢の愉楽を暑気中り

金魚死にこころのままに食べたこと

君はゐるどこにでもゐる秋の蝶

 

硬い言葉を用いているが、生命の息遣いが感じられる不思議な作品。それぞれの句から光の抑えられた、夜の森、夜の園、夜の部屋といった情景が思い浮かぶ。読んでいて楽しく、テンションがあがった。一句目「鉄柵を」の《滅するごとく》は強い言葉だが、《葛咲けよ》の葛への注目によって大げさになりすぎず、味わいがある。三句目「脊椎は」は《鎧の起こり》という表現のおもしろさ、巧みさ、発想を高く評価できる。体の内部にあるものを鎧の起こりであるとまで言うことにより、《脊椎》が強烈なまでに存在感を増す。《冬薔薇》は、紅色、あるいは白色が筋肉や骨を連想させ、また、動的な《脊椎は鎧の起こり》に対して静的なものとして配置されている。適切な季語と思う。七句目「君は」は一瞬斬り捨てかけた(「君」なんて言葉を使う句は大抵バカげたもので読むに値しない。)が、《どこにでもゐる》というのは、これは《君》が他者と交換可能であるということだから、《君》に対する激しい失望そのものではないかと思い、拾った。

 マイナスとしたのは二句目「梟の」で、《鳴いて》も《悦び》も雑だと思った。しかし目立って雑なのはこの句くらいである。

 

 三句目は+5点、二句目は-5点、一句目と七句目句は佳句として0点。ほか三つは、悩むのだが、駄句の範疇とし、-5点。

持ち点10点+5点-5点+0点+0点-15点

 

【計】-5点


8、

『第二幸福論』 八鍬爽風

うすぐらく糖衣をほどく舌すずし

葉柳のこみち喧嘩はたけなはに

祭壇は神亡きまゝに夏至を終へ

蠍座に祖国は遠し畑を去ぬ

飼ふやうに人魚を描きて秋津をころす

電飾の絡まる椅子に至上の鬼灯

風絶えて九月君は流行りのひと

 

『第二幸福論』は非常に不幸な人間が書いた連作だろう。どの句にも並々ならぬ屈折がある(もはや屈折を超えて、読んでいるとこちらが屈折にハッキングされているようなかんじすらある。五句目「飼ふやうに」とか)。しかしその屈折が、一句にうまく収まっているかどうか。一句目、作中主体の気分を反映させたような《うすぐらく》と、しかしそれに反するように《舌すずし》が置かれているはおもしろい。糖衣だから錠剤かチョコレートか、どちらにせよ、一句目にこの句があるから連作の空間に入り込める。主体が幸福なのか不幸なのかわからない、ぼんやりしている、そういう句から、連作『第二幸福論』ははじまるのだ。この連作のなかでは、この句が最も良いものだと思う。

しかし二句目「葉柳」が甘い。連作全体の雰囲気に合わないし、《喧嘩はたけなはに》は無駄の多い表現。三句目「祭壇は」の発想は面白いが、《神亡きまゝに》も、この中七を祭壇の描写に変えたほうがより生々しい世界を展開できただろう。五句目「飼ふやうに」の《秋津をころす》、六句目「電飾の」の《至上の》も、ほかの部分は面白いだけに、雑な表現なのがもったいない。勘弁してほしいのは七句目「風絶えて」の《流行りのひと》という措辞。いくらなんでもこれはダサいからなんとかならないか。よい発想を技術で殺してしまってはならない。

 

一句目は高く評価し、+5点。七句目は-10点。ほかは駄句とし、5句×-5で-25点

 持ち点10点に+5点-10点-25点で

【計】-20点


9、

『グノーシスの再生』 櫻井天上火

のちほどや雌狼は短い夜

アルザスにつがいとなれぬ重力かな

畳に座す王のミキサーに示される毀損

非幾何であればレスボスの*(アヌス)にさきだつ軍服

現世ロゴスの閏に進化論の侍女を待つ

コロンの半抽象に李白はゐる 有罪の転倒

Albatrossの影に女は油絵である

 

タイトルが示すとおり、〈異端〉がテーマなのではないかと思いながら読んだが、もっと広く世界史的な視点をもった連作だ。肉体が、他の物質・物体と絡み合うような世界観が展開されており、さらに作者は一句のなかでモノの価値を転倒させている。イメージは豊富であり、読んでいて飽きない。

一句目「のちほどや」は、≪のちほどや≫が攻めているだけに、≪雌狼は短い夜≫が平凡すぎやしないか。どこかちぐはぐな句だと思う。二句目は地政学的に特殊な位置にあるアルザスを詠み込んだ句としては、納得のいくものだと思う。≪重力≫とはドイツ・スイスなどの国(もっと古い、中世の国かもしれない)のメタファーか。だが、あまり面白くはない。五句目「現世ロゴス」は≪ロゴスの閨≫という表現が楽しい。ただ≪現世≫はいらないし、≪進化論の侍女を待つ≫も、一句を激しくしすぎだ。≪侍女≫は、この言葉が重要ではないのなら≪女≫に留めてはどうか。

三句目「畳に」の≪畳に座す王≫の≪王≫から冠を奪い取り、王のミキサーを≪毀損≫が示されたものとして、はっきりと価値を転倒させるようなイメージは良い。七句目「Albatross」は≪女は油絵である≫がやや冗長だが発想は面白い。

 奇想を一句にまとめるのは苦労する(だから、物好きな俳人以外はそれをあきらめる)。この連作が書かれる過程でも、きっと何度も書き直した句が多いと思う。四句目の≪*≫みたいな記号を駆使したり、場合によっては多行にしたり(この作品の作者は、多行形式をぜひ試してほしい)、工夫してやっていってほしい。ものになれば面白い。

 

三句目「畳に」、七句目「Albatross」は佳句としてそれぞれ0点。他は駄句として5句×-5点で-25点

 

持ち点10点から25点を引いて、-15点。

 

10、

『思念体』 田中泥炭

ししむらの声を曳きゆく夕つつじ

この未知はしんに幼し円座にい

先人や子宮のごとく梨ひとつ

おおどかにいまわの雁へかたむけり

かわほりやヒトに刹那のよすがあり

狼がシェアされてゆきしんのやみ

水生の焔こぼれるボリウムよ

 

 この、一切の油断がない連作は、一度読んだだけでは点数をつけることができなかった。最初、≪ヒト≫や≪シェア≫といった語に対してどう評価すべきか戸惑ったし、この七句すべてが句に対する評価をはじき返す力をもっていたからだ。数度読み返し、悩んで、点数を付けた。その点数が今回の応募作のなかで最も高いものとなり、私自身この作品を第一回G氏賞の受賞に値するものであると強く認め、納得し、受賞を決定した。

 

 ギリギリだと思う。この連作は読み手を混乱させ、揺さぶる。しかし読みきってみると、読み手の脳内に確実にイメージを残す。異様で、美しいイメージを。その〈危うさ〉が心地よい。それなりの力量がなければ、鴇田智哉の句のようにつまらないものに陥るところを、この連作の作者は見事に歩みきって見せた。

 

 一句目「ししむらの」。大きく開いた躑躅と肉叢の声、地獄か天国かわからない、夕方の異様な空間。肉体でも身体でも、男でも女でもない≪ししむら≫という平仮名の表現が下五≪夕つつじ≫の平仮名≪つつじ≫と違和感なく共鳴し、一句に緊張感が保たれている。佳句である。この句から、連作は一気に異常な世界を描きはじめる。

二句目「この未知は」。≪この未知は≫に腹が立つ。こんなものは見たことがない。しかもそれが≪しんに幼し≫と言う達観。そして≪円座にい≫、つまり円座にいるとき、その場所は自己の想像しだいで、円の終わりにも、円の始まりにもなる。未知は既知であり、既知も未知になる。この句の景を(ひいては、この連作に描かれた景を)想像することは、神の景を想像することと同じように、(そもそも)不可能だ。

三句目「先人や」。ひとつの≪梨≫を前にしたとき≪子宮≫への想像が生まれ、それが≪先人≫という歴史にも接続される。この時間も空間も超える大規模な飛躍。

四句目「おおどか」。この句はこの連作の中にあるからこそイメージがつかめる。この句単体だと、何が≪いまわの雁≫に傾くというのだろう、と疑問が残るが、ここまでの句を読めばわかる。それはひとつの〈思念体〉である超越的存在である。そのような存在が、死に際の雁を優しく包み込み、魂を別の世界に運ぶのだ。

 

ここまで書いて、私は随分おかしなことを言っているかもしれない、すべて誤読かもしれないと思うが、このまま書く。


五句目「かわほりや」。人ではなく人類全体を連想させる≪ヒト≫という言葉を用いて、蝙蝠と人類は、同じく≪刹那の≫の拠り所を持つにすぎない、はかない存在であるという。四句目の超越的存在の視点がこの句でも生かされている。

六句目「狼が」。最初に読んだとき、≪シェア≫とは! と笑ったが、しかし一笑に付すことはできない不気味さがこの句にはある。≪シェア≫と書かれたことに注目したい。狼の≪シェア≫と読まされたとき想像するのは実体のある狼ではなく、インターネット上にデータとして存在する狼の画像や動画である。とすれば、≪しんのやみ≫は電脳世界を指すか。≪しんのやみ≫の≪しん≫からは真・神・深といった単語が連想される。と、この句を読んだが、≪狼≫と≪しんのやみ≫の組み合わせは単なる電脳世界ではなく、もっと我々を脅かすようななにかを演出しているようにも思える。わからない!!

七句目「水生の」の句。この連作のなかでは最もくっきりとした印象を受けた。とはいえ、他の句と同じようにこの句に描かれた世界も異様で、≪ボリウム≫というカタカナ四文字ながら重みと力のある表現が≪焔≫に動きを与えている。≪水生の≫で切って水生植物の圧倒的な生命力を描いた句とるか、≪水生の焔≫で切ってという異様なものを想像するか、そのどちらでもないのか。なんにせよ強引な解釈だが、この句を含め、この連作の句は強引なやりかたでなければ読むことはできない。

 

二句目「この未知は」、三句目「先人や」、六句目「狼が」、七句目「水生の」を高く評価し、四句×5点。そのほか三句は佳句として0点。

 

持ち点10点+20点+0点で、

 

【計】30点


つづく

第一回G氏賞選評 その一

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選考について(※募集時に提示していたルールからだいぶ変更しました

 応募作それぞれ、10点の持ち点。選者がムカつく度に減点する。具体的には、

 

駄句は-5点、

駄句を超えてひどいのは-10点、

連作として下手ならさらに-5点。

佳句は0点、

高く評価できる句は+5点、

 

とする。

 

 また、応募時に選者を褒めるメッセージを送ってくれた方には+5点、褒めすぎは-2点とするつもりだったが、募集した当初と違い、私はこの賞を、単なる遊びではないものに、そして、石田波郷新人賞を超える「俳句界の芥川賞」にしようと本気で思うようになったので、そのようなふざけたルールは撤廃することにした。選者の勝手を許していただきたい。(メッセージを送ってくださったみなさん、ありがとうございました。熱いメッセージばかりで、大いに動揺させられました。)

 

 

 最終的に最も点数の高い者を第一回G氏賞の受賞者とした。

 

 まず最初に読んだ印象で点数をつけた。それから、納得のいくまで数日ごとに読み返し点数を調整した。その際に各作品についてにいくつか断片的なメモをしていたので、それを再構成し、選評の形にまとめることにした。

 

1、

『流刑池』 尾内以太

果汁百八パーセント泡水着

眼鏡に体液つゆあけのプラタナス

鴨駅から鶯駅へ牛馬洗う

夾竹桃淋病向きの牝犬は

根茎はじゅくじゅくに咲く蝉時雨

さるすべりノンガスタイプ焼肉吐く

護送車はのうぜんかずら首ちょんぱ

 

 挑戦は認める。しかし、豊かなイメージを持ちつつも、連作としてまとまっていない印象を受けた。表現したいことに無理やり季語をくっつけるから駄句ばかりになる。七句目「護送車は」に至っては完全に意味不明で、意味不明な句としてのおもしろさもない。《首ちょんぱ》という言葉を使うのはいが、あなたはこういう言葉を使いこなすほどのレベルではないだろう。二句目「眼鏡に」の句だけは良い。《体液》は血液として読みたい。何気なく外にある木を見たが、眼鏡のレンズは血液で汚れ、濁っているから、緑もところどころ濁って見える。しかしすぐにその木がつゆあけのプラタナスだと気がつく。体液を流す、あるいは流させるようなただならぬ出来事の後で、しかし作中主体は恐ろしいほどに冷静である。ここに登場する主体は、プラタナスを見ながら何を考えただろうかと妄想させられる一句。

 

 二句目「眼鏡に」は5点、七句目「護送車は」は-10点、それ以外の駄句は一句につき-5点×5句で-25点。連作として未熟なのでさらに-5点。

【計】持ち点10点に5点プラス、40点マイナスで、-25点。

 

2、

HIGH-QUALITY PROFESSIONAL SYSTEM』 三島知浩

吐き出して笑ふ夏休み初日

炎帝の黙つて部活してをりぬ

包帯を巻き合ふプール帰りかな

蚊遣火の窓なほ割れぬ守衛室

灰皿に飴のかけらや夜の秋

転勤のビールは瓶であらざりき

吸ひ殻の唾焦げてゆく熱帯夜

  

広い意味での労働者の視線や生活を詠んだ連作かとも思ったが、しかし、私は、教員や事務職員、守衛といった学校関係者の視点や生活をテーマとした連作ととらえた。タイトルは高度プロフェッショナル制度というより「[高品質]プロフェッショナル制度」という意味にとらえたい。学校職員の退廃的な生活を描くことで、政府の労働者観を皮肉っている連作かと思う。夏休みに吐き、痛ましい学生を眺め、ぼろい守衛室があり、瓶ビールではなく缶ビールを選び、熱帯夜に吸い殻を眺める。この連作に描かれた生活はハイクオリティとはいいがたいものだ。[高度]のまえに[高品質]が先だろというメッセージだろうか。まあそうやって無理に社会と接続しなくても読める連作ではあるが。

減点するほど駄句ではないが、三句目「包帯を」の句に引っかかる。一読し、《包帯》と《プール帰り》が並んでいるのは面白いと思ったが、プール帰りに包帯を巻き合う理由が想像できない。泳いでてどこか痛めたのだろうか。しかし、巻き合うということは少なくとも二人以上が怪我をしている。プール帰りに事故にあったということかと思ったが、それも違うだろう。

四句目「蚊遣火の」の句、《なほ》が効いているところは良いが、描かれているものは凡庸である。七句目「吸い殻の」の句はやや良い。《熱帯夜》の時(とき)のなかに唾が焦げてゆく時間が重なる。しかし、《焦げてゆく》というのが気になる。吸っているときに唾が焦げてゆく感覚は理解できるが、この句は《吸い殻》の句である。景が想像しにくい。

 

三句目「包帯を」、七句目「吸い殻」は0点。他の駄句は-5点×5で-25点。

【計】持ち点10点から25点マイナスで、-15点

3、

『夏の』 羽マサト

もの受け取るとき夏の指触れ合う

覇王樹に花を咲かせる女かな

蝉しぐれの上を基地の輸送機が

草の血を散らし一心に刈りにけり

冷房の温度おまえと言い合いし

真空に掛けてありけり葦簾

向日葵の顔はぎっしりしていたる

 

すっきりとした連作でまとまりはあるが、よく読めばつまらない。良いと思った句がないのはなぜか。連作をまとめることに集中して一句一句を高めることを怠ったからだ。一句目「もの受け取る」の恋愛漫画的な情景は心底ムカつくので減点したいところだが、この句から連作がスタートすること、タイトルの言葉が含まれた句であることから、この句はここにこう書かれてしかるべきものであると判断し、減点はしないし、二句目「覇王樹に」の句の、日常風景(と私は考えたが、この句は砂漠に生えたサボテンに花を咲かせる女性の姿を想像しても面白い。)を生命力にあふれた一句に仕立て上げた技術と、この句で《女》を妻とも娘とも恋人ともせずに《女》と書いたセンス、それから、《覇王樹》を選択したユニークさは評価し、この句も減点しない。三句目「蝉しぐれ」、五句目「冷房の」、七句目「向日葵の」はたいそうつまらなく無個性。このような恥ずかしい句を詠んだご自身を恥じてもらいたい。

 

一句目「もの受け取る」、二句目「覇王樹に」は0点。五句目「冷房の」、七句目「向日葵の」はそれぞれ-10点で二句×-10点で-20点。そのほかの3句はそれぞれ-5で-15点。

【計】持ち点10点に-35点で、-25点。

 

4、

『回収』 松井真吾

目貼りして過激派の髪解かれる

関係者各位列席池普請

返信のなくて四温の初期不良

涅槃図に犠牲フライの放たれる

穴を出てまずは便座を上げる蛇

花守に回収されるスマートフォン

君が代がBGMの草いきれ

 

季語と現代的な言葉の組み合わせで一句を成立させている。こういうのは難しく、技術が必要である。五句目「穴を出て」は《便座を上げる》というところが面白い。人間の生活の中に蛇が紛れ込み、なぜか人間と同じような行動をするという不思議な一句。他の句は技術不足で、無理に季語を入れるのはやめて、ちょうどいい季語がないなら無季で詠んだらいかがだろうか。この連作は、無理やり詠んだという感じがする。どこまで飛躍させるか、季語をどのように活かすべきか考えていただきたい。六句目「花守に」、七句目「君が代が」はあまり良くない。《回収されるスマートフォン》も《君が代がBGM》も安易な措辞だと思う。

 

 五句目「穴を出て」は0点。他は-5点で、六句×-5点で-30点。

【計】持ち点10点に30点マイナスで、-20点。


5、

『母に聞く』 菊池洋勝

かちわりや嚢の余りを舐めさせる
尿の色を問われてビールと答ふ
母に聞く戦後の蚋の記憶かな
余命半年の変態髪洗ふ
股ぐらはチーズの匂ふ小暑かな
ちんちんを見失ひたる大暑かな
語り部の孫の世代や原爆忌

 気になるのは三句目「母に聞く」と七句目「語り部の」。この二つが浮いているから連作として読んだときに抜けているものを感じる。他の句は肉体が見えるような句だが、この二句だけ肉体が消えている。申し訳ないが連作として未熟と判断し、減点させてもらう。一句目「かちわりや」、二句目「尿の色を」は良く、六句目「ちんちんを」は特に良い。一句目の《嚢》はこの連作に置かれると陰嚢を連想してしまうが、騙されてはいけない。これは袋入りのかき氷のことだろう。この連作のなかでこそ活きる句だと思う。二句目「尿の色を」はシンプルさ、素っ気なさ、適度なユーモアが心地良い。六句目は暑気のなかで自己の生命を見つめた句で、しかし《ちんちん》と平仮名で書かれているから雰囲気が重たくなりすぎない。こういうバランス感覚を連作を編むうえでも発揮できないか。

 一句目「かちわりや」、二句目「尿の色を」、は佳句として0点。六句目「ちんちんを」は高く評価し+5点。他の4句は-5点で-20点。連作として甘いのでさらに-5点。

 

持ち点10点+5点から25点をマイナスし、

【計】-10点

6、

『七月の構成』 菅原慎矢

子殺しの罪を担ひて旅始め

靴跡や分娩室に蝿生まる

ほほえみの老爺は海霧に消えゆけり

青き眼の罪を黄色き神父聴く

予言の日書割の秋空が空が

死児のこゑして梟の顔廻り

落椿ここから先は地図になき

 

全体の調子が統一されていて連作としてまとまっている。《老爺》《神父》《予言》《死児》といった硬質な言葉を選び、一句目の《旅始め》ではじまり、七句目の《ここから先は地図になき》で終わることでさらなる広がりを読み手に与え、余韻を残しつつ連作を締めているところがよい。(良くも悪くも)映画的連作である、というのは雑なとらえ方だろうか。詠まれている景が映像として頭に焼き付くものが多い。二句目「靴跡や」は廃墟を詠んだか。分娩室という清潔に保たれるべき空間に蠅という汚らわしいものが生まれる不気味さと濃密な〈生〉のイメージ。《靴跡や》という大胆な表現が句のイメージをより明確にしており、効いている。三句目「ほほえみの」、六句目「死児のこゑ」は逆にイメージが伝わりすぎる気がする。もう少し飛躍させることができるだろう。四句目「青き眼の」はあまりおもしろくない。

 

一句目「子殺しの」、七句目「落椿」は0点。二句目「靴跡や」は+5点。そのほかは-5点で、4×-5で-20点。

【計】持ち点10点に5点加点、しかし20点減点で、-5



つづく

※作者名を載せました。(10月4日編集)

第一回G氏賞 結果

G結果告知 

第一回G氏賞、なにが可能か。

 

俳句という器に若々しい命の輝きを!

 

と、律儀にも毎年清瀬市が送ってくる石田波郷賞の案内チラシに書いてある。

 

過去二回、私は波郷賞に応募した。

一回目の応募ではまったく取り上げられず、二回目の応募では、岸本尚毅が、私が送った連作のなかで最もつまらない一句を応募作中の佳句としてなぜか選んでいるだけで、受賞にはほど遠かった。

このように、自分は受賞できる雰囲気すらないから、もう数年応募していない。また、受賞作を読んでも、大塚凱の受賞作は面白かったが、だいたいが「まぁ、俳句のセンセイ方は若者がこういう句を作ると嬉しがるよね」というかんじの無味無臭低刺激のつまらないゴマスリ作品ばかりなので、こちらとしてはもう波郷賞にうんざりしているのだが、清瀬市はそういう私の気持ちを察してはくれないようである。

 

《俳句という器に若々しい命の輝きを!》

 

悲しい言葉だ。

《若々しい》《命の輝き》だと? 

新人賞向けの賞であるとはいえ、そのようなものをしか評価できない選者どもの限界がここにあらわれているだろう。このような俳句賞はつまらない新人しか排出できないからさっさと滅んでしまうのが妥当と思う。

 

 G氏賞はそのような石田波郷新人賞を嘲笑うために考え出した俳句賞である。

 

《若々し》さも《命の輝き》も特別求めない。応募作をそのように支配するつもりはない。日常を詠んでも、異常な世界を展開しても同等に評価する。応募を締め切ってから言うのもタイミングが悪いが、G氏賞については、命の輝きも死の暗黒も、応募者が自分の価値観で、自由に考え自由に詠んだものを送ってほしいと思う。良い句ならなんだっていい。

 

 幸い、今回応募してもらった15作品はどれも、それなりに好き勝手に詠まれた句であるように思える。それについてはまず、良かった。

 

 いま、G氏賞を鼻で笑う俳句関係者は多いだろう。G氏賞の副賞は4000円のアマゾンギフトカード(と記念品)にすぎない。選者は句集を出したことも、何かの賞で受賞したこともない私一人だけ。波郷賞は受賞者のガキに5万円もおこづかいをくれてやるそうだ。選者は有名な俳人が4人。バックには清瀬市に加え、俳人協会・現代俳句協会・角川文化振興財団という三大組織がついている。

 

G氏賞がどの程度のものなのか、今回の受賞作と今年の波郷賞受賞作(もうそろそろ発表されるかと思う)を各自が見比べ、判断して、どう思ったかをSNSなどで語ってほしい。鼻で笑うのはそのあとでも遅くない。

 

 波郷賞とG氏賞、俳句界にもたらすものが多いのは、どちらか。いずれ明らかになるだろう。


 それでは第一回G氏賞の受賞作を発表する。




思念体 田中泥炭 思念体 田中泥炭2


ダウンロードはこちらから
受賞作を含めたすべての作品の選評を近日中に発表します 

ふるさと 高田獄舎

ふるさと〈画像〉
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【告知】2018年8月 50句連作 「ふるさと」

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